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第8回陸前高田野球教室
開催日時: | 2019年6月29日~2019年6月30日 |
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6月30日(日)、岩手県陸前高田市にて野球教室を行いました。
レポート (2019年7月5日公開)
2012年5月、岩手県陸前高田市と立教大学は連携及び交流に関する協定を締結しました。この協定に基づき、立教大学はさまざまな復興支援活動に取り組んでいます。具体的な取り組みの一つにスポーツ交流プログラムがあり、2012年より小・中学生を対象とした「野球教室」を開催しています。
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6月30日(日)、陸前高田グローバルキャンパス内体育館にて、市内の中学生を対象とした野球教室を行いました。陸前高田市での野球教室は今年で8回目を迎え、今年度は弊部の部員25名(うち東北出身者11名)が参加し、高田東中学校・第一中学校の2校合わせて36名の中学生と共に汗を流しました。
前日の29日(土)に陸前高田市に到着し、米沢商会の米沢祐一さまより、震災前にお店を開かれていた「米沢ビル」をご案内していただきました。
米沢さまは、津波によって甚大な被害を受けたビル内まで全員を案内してくださり、震災当日のこと、地震が発生してからどのような行動をとられたか、どんな思いでいらしたか、それからご家族のことについてお話してくださいました。
米沢さまが体験されたことを、ご本人から直接お聞きすることができ、部員一同、とても貴重な時間となりました。「米沢ビル」には津波の爪痕がくっきりと残っており、部員も皆、真剣な眼差しで施設を見学していました。
【「米沢ビル」】 【「米沢ビル」内の見学の様子】
そして最後に、米沢さまは「これから陸前高田を離れる人もいると思う。しかし、離れた人がまた戻ってきたいと思えるような街になって欲しい。そして、東日本大震災の津波被害のことも様々な人に知ってもらうために、是非また陸前高田に足を運んでもらいたいと思う。」と述べられました。
今まではメディアを通じてしか観ることがなかった津波被害の様子を目の当たりにし、改めて津波の恐ろしさや被害の大きさを痛感いたしました。
「米沢ビル」の見学後は「みつわ飯店」で食事をとりました。その後のバス移動では、弊部の高田高校出身者である伊藤智(3年・内野手)、千田(3年・投手)、蒲生(1年・内野手)の3名によるプレゼンテーションが行われました。
3名は震災当時の自身の体験を詳しく話してくれました。実際に避難した時の話や、中学・高校に進学し、野球が思うように練習できない状況が続く中、それでも野球を続けてきた理由、限られた時間でどう練習したかなどを話してくれました。
普段、生活を共にしている仲間から聞く話は心に響き、改めて「震災」について深く考える機会となりました。そして、今自分たちが野球をできていることは当たり前のことではなく、感謝しなければならないことであると実感いたしました。
【米沢さんが津波を逃れた煙突】 【体験談を話す千田(3年)】
夜には明日の野球教室に向け、中学生へのプレゼントの準備を行い、1日目のプログラムは終了となりました。
2日目は全員で朝食を摂った後、宿泊所を出発し、陸前高田グローバルキャンパスへ向かいました。
あいにくの雨により、今年は野球教室開催以来初となる体育館での実施となりました。
まず初めに開会式が行われ、前田部長は「今回は野球教室開催以来初めて、室内での野球教室となりますが、その分野球部員と交流する時間も増えると思うので、積極的にコミュニケーションを取っていきましょう。」と述べられました。
開会式の後は、私たちが目指す「東京六大学のリーグ戦優勝」を知ってもらうために、弊部の2017年度春季リーグ戦優勝を達成した際の動画を全員で鑑賞しました。
次に、今回の野球教室にてキャプテンを務めた長谷(4年・内野手・報徳学園)によるクイズコーナーが催されました。
時には笑いを誘う回答も飛び交い、緊張している様子だった中学生の表情も次第に緩み、大学生と積極的に会話を楽しんでいました。
【開会式の様子】 【立大野球部クイズの様子】
その後は、体育館で体幹トレーニング、主将・藤野(4年・捕手・川越東)による二塁送球デモンストレーションが行われました。
藤野が投げるボールの速さに、中学生たちは目を輝かせていました。
【体幹トレーニングを指導する松田(1年)】 【打撃指導をする佐々木良(4年)】
会の中盤には、中学生と大学生が班ごとに分かれ、シャトルを打つ打撃練習を行いました。自ら大学生へ質問に行く中学生の姿や、中学生に優しく声をかけ指導する大学生の姿が見られ、お互い野球を通じて積極的に交流を図っていました。
そして最後の練習メニューでは、シャトルラン競争を行いました。優勝チームには、弊部選手のサイン入りボールが送られました。
練習メニュー終了後は参加者全員で記念写真を撮影し、大学生から中学生へ記念品を贈呈いたしました。
【打撃指導をする金川(2年)】 【シャトルランの様子】
閉会式では、陸前高田市出身の伊藤智(3年・内野手・高田)が「今回は例年とは違う室内での開催だったため、沢山コミュニケーションを取る時間があり、より充実した時間になったと思う。中学生の皆さん、これからも頑張ってください。」と激励の言葉を贈りました。
続いて、主将・藤野は「立教大学野球部というと、レベルの高い選手が沢山いる、そんなイメージかもしれない。しかし僕は、甲子園に出たことのない高校出身で、それでも主将をやらせてもらって、立教大学野球部に入って沢山成長することができた。是非、皆さんも頑張ってください。」と述べました。
【交流を深める様子 右/宮﨑仁(1年)】 【合唱の様子】
そして最後は、初の試みとなる「花は咲く」の合唱を行いました。
短い時間ではありましたが、現地の中学生と一緒に野球を楽しみ、交流を深めることができた貴重な一日となりました。
昨日の「米沢ビル」見学、そして本日の野球教室を通し、改めて今私たちが恵まれた環境で野球ができるということは、当たり前ではないと身に沁みて感じました。
また、それと同時に支えてくださっている多くの方々に対する感謝の気持ちを忘れてはならないと実感いたしました。
陸前高田市の皆さま、2日間本当にありがとうございました。
参加した部員の感想
長谷 寛太(4年・内野手・報徳学園)
震災から8年経った陸前高田の街は、まだ完全に復興したわけではありませんでした。しかし、震災当時の話を私たちに語ってくださった米沢さんは「3年後でも、5年後でも、10年後でもいいから、もう一度この街に来てください。必ずもっと素晴らしい街になっていますから」と最後に力強くおっしゃっていました。この街は希望の街。みんなの思いが詰まった街なのだと感じました。 野球教室では前向きに素直に明るく取り組んでくれる中学生の姿が輝いて見えました。まっすぐ私を見て「将来の夢はなんですか?」と質問してくれた子もいました。彼は、この地で教師になりたいと話してくれました。彼の夢が叶って、色んなことを繋いでくれる先生になってくれることを願います。明るい未来に向かって進む陸前高田に負けないくらい努力して、またあの地でみんなとお話ししたいと思いました。
藤野 隼大(4年・捕手・川越東)
4年目にして初めて陸前高田野球教室に参加させていただきました。 今回野球教室に参加するにあたって、事前講習で陸前高田の震災から現在までの状態を教えていただき、さらにテレビなどで見たことがあったので、ある程度はどのような状況かイメージして臨んだつもりでした。しかし、自分の目で見た陸前高田は、復興が進んでいると説明は受けていましたが、それでも言葉を失いました。未だに流木などがあり、地面もボコボコで地平線が見えるのではないかと思うほど平地が広がっていました。また、米沢商会ビルも見させていただきましたが、震災の凄まじさを肌で感じました。これらの現状は本当に現地に足を運んで見ないと体感できないものだと感じました。そして、風化させてはいけないものだとも感じました。このような衝撃を受けた上で、次の日の野球教室に臨みました。あいにくの雨となってしまい、体育館での開催となりました。敷地内には未だ仮設住宅がありました。しかし、地元の子供達はそのような環境を感じさせずに元気に、そして楽しそうに野球をやっていました。中には「絶対花巻東高校に行って甲子園に出る」と目標を教えてくれた子供もいて、とても前向きなエネルギーを感じ、自分達大学生にとっても大きな刺激となりました。ボランティアとして行ったはずが、自分たちがエネルギーをもらったなと感じました。これを糧にお互いに頑張っていければ良いなと思いました。
千田 雄大(3年・投手・岩手県立高田)
今回で3回目の参加となりましたが、新たに球場や店も増えており、着実に復興に向かっていると感じました。こうした背景で自分の地元が復興向けて努力している姿を想像すると、もっと自分は努力を続けていかなければならないと感じます。野球教室ではあいにくの雨でしたが、質問コーナーなどで、自分の考えていることや想いを素直に伝えることができたと思います。発言することは自分にも責任が生じてくるので、改めて頑張ろうと思いました。来年は、さらにいい取り組みにしていきたいと感じた。
中川 颯(3年・投手・桐光学園)
震災後、津波の被害があった場所へ行くのは初めてでした。8年が経ち復興が進んでいる今でも、震災の爪痕が残り、とても衝撃的な風景が広がっていました。正直、今までの私は震災や津波の被害を他人事のように思っていました。しかし大学に入り、実際に被害を受けた同級生や先輩がいて話を聞くこともあり、これは他人事と思ってはいけないと感じました。いざ行ってみて、1番心に残ったのは米沢さんの話でした。津波の怖さ、家族や仲間の大切さ、何気なく過ごしている日常がどれだけ幸せなことか、様々なことを痛感させられました。野球が出来ること、美味しいご飯が食べられること、家族や仲間がそばにいることを当たり前と思わず日々感謝して生活しようと思いました。
北山 凌大(2年・外野手・神戸国際大附)
私は初めて陸前高田に行かせていただきました。震災から8年経っている今、ある程度復興しているだろう想像して行きましたが、想像していた街並みとは大きく違いました。今もなお、工事をしていて改めて震災の怖さを知りました。同じようなことが起こらないように自分たちで考えて災害に備えている地域の人達を見ると、人の強さというものを感じました。野球教室では、この環境下でも楽しそうにやっている中学生を見て、自分の今の生活は当たり前じゃないと思うと同時に、「感謝」という気持ちが湧きました。この2日間、とてもいい刺激が受けられ、そしていい経験になりました。今回、陸前高田という地を訪れることができて良かったです。
蒲生 潤(1年・内野手・岩手県立高田)
私は初めて野球教室で教える側にたちました。いつもは教えてもらう側でしたが、教える側になり、見る視点が変わりました。私がこの野球教室から学んだことは、野球を楽しむということです。中学生の中には、私の母校に通っている生徒もおり、震災の影響を受けた生徒もいたと思います。ですが、彼らは震災で被災したにもかかわらず、笑顔で野球に取り組んでいました。私はその姿がとても印象に残っています。私自身、震災で思い通りに野球が出来なかった経験があり、彼らも同じ状況だったことを知っているからこそ、その笑顔がとても輝いて見え、心から野球を楽しんでいるように見えました。私も初心を忘れず、楽しんで野球をやりたいと思うことができた野球教室でした。
小松 令(1年・外野手・東北学院)
今回初めて陸前高田の野球教室に参加させていただきました。私は宮城県出身で東日本大震災を経験しました。当時の事は今でもよく覚えています。幸い津波の被害は受けなかったものの、強烈な揺れを体験しました。あの時体験した事は忘れてはいけないと思っています。高校時代にも私は震災ボランティアに参加しました。そこで、毎回共通して感じることは、現地の方々は「震災を忘れない。また経験を語り継ぐ。」という事に関して大きな使命感を持っているという事です。2度と同じことを繰り返さないためにも、語り継がなければなりません。震災を体験した者として、また現地の方からお話を聞いた者として、共有していかなければならないと思いました。
また、現地でグラウンドに仮設住宅が未だに建っている現状を目の当たりにし、私達は恵まれた環境で野球が出来ていることを再認識しました。私達が何不自由なく野球ができている事は当たり前ではありません。感謝の気持ちを持って野球に取り組みたいと思います。最後に中学生の子達と交流し、野球というスポーツは本当に楽しいものだという事を再認識することができました。私も野球に本気で取り組めるのは、残り4年間です。野球を楽しみつつ、野球人生の集大成を最高の結果で飾る事が出来るように張りたいと思います。